木曜日の本棚

本と本に関することの記録です。

壬申の乱は三角関係のもつれで起きたのではありません。

天智天皇天武天皇額田王は三角関係ではない」という記事が流れてきまして。

 三角関係の恨みから天武天皇壬申の乱を起こしたという説の否定記事だったのですが、え?そんなアホな話を信じている人がいるの?ストーリーに恋愛が欠かせない少女マンガでも、そんなダメダメな設定見たことがないわ、と思ったら、どうやらそういうネット記事が溢れているみたいですね。

 以前、「調べ物の歴史偏移の図」という調べものをしたい時のネットと図書館の印象の推移のイラストを見たことがあるけれど、2000年頃は、便利さの印象が、図書館<インターネットだったのが、2020年になると図書館>>>>インターネットになってまして。

ようはネットにゴミ情報が溢れすぎて、正しい情報を集めたければ図書館に行った方が早いということを図で表していたんですね。

togetter.com

その時は、そうなの?と思ったのですが、いやあ言っていることはよく分かりました。

これだけゴミ情報が溢れているなら、そりゃ図書館に行った方が早いわ。

おかしなネット記事にツッコむだけの知識がないなら、図書館に行って司書に訊ねた方が安全ですよねえ。

史書を読む気力がなくても、壬申の乱を題材にした小説もマンガも結構ありますしねえ。

しかも三角関係が原因で壬申の乱が起こった、なんてしょーもないネット記事よりはるかに読み応えがあって面白い作品が。

天智天皇天武天皇額田王の話は、昔から人気のある題材だけど、基本少女マンガでも壬申の乱は政治対立よ。

描かれた年代が一番古いだけあって大和和紀さんの話が一番恋愛の比重が高くて少女マンガらしい話だったけれど、それでも女を取り合って中大兄皇子大海人皇子が戦いを起こす、なんていうアホな話じゃなかったなあ。

(どうでもいい話なんですが、少女マンガだと革新派の中大兄皇子、兄に比べて保守派にも気を配るバランスのいい大海人皇子というパターンが多い気がしますね)

だいいち壬申の乱の頃の額田王は、十市皇女の母として父と夫が対立する立場になった娘を心配する姿で描かれることの方が多かった気がするけど。

「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」

 の歌だって、優れた歌人であった額田王が周囲が何を求めているのか空気を読んで、場を盛り上げる為に詠ったという印象が強いですねえ。

 そりゃ、この二人が相聞歌のように歌ったら場が盛り上がりますしねえ。(永井路子さんも「あれは蒲生野に薬狩りに行った時の歌なんだから、秘密の恋の歌でなく、宴に集っている人達が喜ぶような歌を歌ったに決まってるでしょ」とエッセイで書いていましたね)

中大兄皇子大海人皇子に比べて、額田王は描く人によって印象が異なる人で。他の人にはない力をもつ巫女としての印象が強い人もいれば、歌人・麗人としての印象が強い人。

二人の大物政治家と深い関係を持ちながら、どちらにも組せず独自の位置を保ち続ける懐の深い人という描き方をする人もいて、それぞれ違った存在感を出しているところが面白いですね。

主役じゃない時でも重要な脇役ポジションをキープし続けているし。やっぱり

「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」

 の印象が強くて、傍にいる人に力を与える強い女性というイメージで書かれやすいのかな?娘の十市皇女

「山吹の立ちよそひたる山清水 汲みに行かめど道の知らなく」

 の歌からか、清らかで儚げな常処女のイメージで語られるのとは対照的ですね。

 

三角関係でいったら天智天皇天武天皇額田王よりも大友皇子十市皇女高市皇子の方が題材になりやすい印象があるけどなあ。

どう考えても、こちらで三角関係を作った方が壬申の乱が盛り上がりますよねえ。夫を攻めるのは、実の父とかつての恋人。

大友皇子十市皇女高市皇子どの立場からもそれぞれの苦悩が描きやすくてドラマにしやすいですよね。