「農業」分野の倒産は20年間で最多ベースと伝えられておりますが、かといって私は日本の農業にも農家にも絶望しているわけではなくて、国や社会が才覚ある農家の足を引っ張らなければ何とかなるんじゃないかな、とも思っています。
この映画を観に行った日は監督も舞台挨拶の為に来られておりまして、色々お話をお聞きしたのですが、その一つに
「僕、昔、『農水省が注目する活躍農家さん』のドキュメンタリーを撮ったんですよ」
という話がありまして。そのドキュメンタリーを撮ってから20年後、「あの時の農家さんは今どうしているか?」という後日談を作成してNHKで流したそうです。
「20年後、農水省がアピールしたかった注目農家さんは、ほとんど残っていませんでした」
そう言われた後、続けて
「今日の映画に出てもらった農家さん達は20年後も生き残っているでしょうね」
と、話されました。何か、凄く納得出来る気がします。この映画に出演した農家さん達は、国の言うことや世の中の流れに素直に従うような面構えしていませんもの。
農家って、総合科学なんですよね。天候や気温、土壌の状態、様々な事象から情報を読み取って望む収穫を目指すわけです。だから国の言うことや、世の中の流れも、彼らが読み取る情報の中の一つでしかない。
「そうは言うけど、それがうちの経営に役立つのかねえ?」
と、国が進めたがっていることを咀嚼して、自分達に役立つように取り入れることが出来た人達だけが生き残る。世の中が、スマート農業だ、無人トラクターの時代だと持ち上げても
「実際にやってみたら、このままじゃ使えないなあ。使えるようになるには工夫する必要があるなあ」
と、新しい技術を、自分の持っている技術と併せて、使いやすいように改良し、望む成果を出した人達だけが生き残る。
百姓という言葉は、今では放送禁止用語として公の場では使われなくなってしまいましたが、この映画に出てくる農家さん達は誇りを持って自分達のことを百姓と自称していますね。
百姓=百の仕事を持つ人。百の仕事が出来る技術を持つ人。
荒川弘さんの「銀の匙」の中で、娘の先輩が、移動式ピザ窯を作ってピザを売り始めた光景を面白そうに眺めていた農家さんが、どうもピザを売るよりピザ窯を売った方が儲かりそうだと方向転換した先輩からの
「よかったら、お一ついかがですか?いつもお世話になっているからお安くしておきますよ」
と、いう言葉に、にっこり笑って
「自分で作れるやつを買う馬鹿はいないなあ」
と、自分達も倉庫にある資材を使って、ピザ窯作り始めてしまう場面があるのですが、この映画に出てくる農家さん達、皆そんな感じ。何か、良さそうなものがあるから、自分達も作っちゃえ。
作り方が分からないなら、分かっている人のところに頼み込んで弟子入りしちゃえ。この映画観てると、農業ってオープンソースなのだな、ということが良く分かる。
良い技術、良い種子は公開して分け与える。分け与えられた人が、その技術や種子を改良して、それをまた更に公開する。そうすることで技術が変化する。
経済の論理で種子を独占しようとするバイオメジャーが、世界各国で摩擦を起こしている理由がよく分かる。あれ、伝統的な農家の論理と外れているのよ。
知財という論理で考えると「権利者の権利を守らないとダメだろう」になるけれど、「種子」という論理で考えると「勝手に交配出来ないのなら、良い種と種を組み合わせて、新しい品種を生み出すことが出来ないじゃないか」というなりますからね。
種子流出の話は映画の中でもチラリと出てきまして、シャインマスカット農家さんが、海外で栽培されるシャインマスカットについて、どう思うか、と聞かれて
「海外でもシャインマスカットのことを知られているなら、日本のシャインマスカットを売り易くなるんじゃないですかねえ。知られていないものは売りにくいから。」
「『シャインマスカットは、他でもあるけど、日本のマスカットはちょっと違う』そう思ってもらえるようになるといいんじゃないですかねえ。俺、そういうマスカットを作る自信がありますし」
と、答えておりまして。実際、種子を持ち出されたシャインマスカットは栽培技術がないので日本のシャインマスカットとは同じ味にはならないという話もありますものね。
(もっとも和牛農家が、警戒しているのもこの点なのですよね。和牛人気で海外からも「和牛の精子を売ってくれ」攻勢が凄くて。でも日本の和牛は養育技術があってはじめて、美味しいお肉になるので、ただ和牛の種で生まれた牛というだけでは美味しいお肉にならない。
和牛の精子で生まれたからと海外産「ワギュー」が増えると、初めて食べた人が「こんなものか」と思って和牛のブランド価値が落ちる、と)
この映画、荒川弘さんの「銀の匙」もそうだけど、「百姓貴族」が好きな人は、多分好きだと思う。出てくる農家さん、農家さん、荒川さんの「あの」お父様とイメージが被りますもの。
「苦労ばかりして儲からない可哀想な農家」ではなく、「その人しかない技術を持ったパワフルなプロフェッショナル達」なんですよね、この映画の農家さん。日本の農家の持つ技術の高さが良く分かる。
(最も江戸時代から、日本の農業技術、栽培技術は世界トップクラスなのですけどね。幕末から明治期にかけて欧州から来日したプラントハンターが「宝の山だ!」と狂喜乱舞して、日本の植物を買い漁ったのは有名な話だし)
映画を観た後、監督に
「どうして、こういう農家さんの映像は少ないのでしょう?」
と、訊ねたら
「撮る側に農業に対する知識がないからでしょうね」
と、あっさり言われました。
「それと撮る側が『視聴者は、可哀想な農家、苦労している農家の姿を観たいと思っているだろう』と思っているからじゃないですかねえ」
と、続けられました。監督は、そういう映画は撮りたくなかったので、農文教の編集部にいる同窓生に
「『この人は、凄い』と思う農家さんを紹介して欲しい」
と頼んで、色々な農家さんを紹介してもらったそうです。JAじゃなくて、農文協への依頼というのがいいですよね。農家が興味を持ちそうな本ばかり出している農文協なら、農家の生の声が集まりやすいから確かな情報を持っているでしょうし。
監督、撮影を始めた頃は農家さんの話している言葉の意味が分からなくて(何を話しているかが分かる程の農業知識がないので)、もの凄く苦労されたとか。
あと、この映画のナレーションは現役の農家の女性達です。プロのアナウンサーを使うと他人事のようになりそうで嫌だったので、農家さん向けのサイトでナレーションしてくれる女性を募集したところ、全国からドッと応募があったそうで。
「農家の女性達って、何かやりたい人がもの凄く多いんです。『農協は、男社会でつまらないから参加したくない。でも、何かやりたい』
そういう人が多いから、こうして水を向けると何かやりたい人が集まってくれます」
ちなみに、この映画のパンフレット、百姓の視点から見た戦後農業史が年表となって書かれているので、とても楽しい。歴史は誰の視点から語るかで見方が変わってきますからね。
このパンフレットだけ欲しがる農家さんがいたというお話を聞いたけど、分かる
わ〜。ドキュメンタリーは上映期間が短いから、(ちなみに横浜だとジャックアンドベティで23日までです)上映に間に合わなかった人はパンフレットだけでも手に入れと面白いかもしれませんね。
上映館はパンフレットの通販をしてくれるところも多いし。参政党の主張に乗せられるくらい、日本には農業の実態についてよく知らない人が多いようだから、ポピュリズムに満ちたトンデモに乗せられないように、ちゃんとした農業についての知識を得ることは悪いことではないのじゃないかなあ。
よく知らないことについて、ちゃんと知るということは面白いですね。