木曜日の本棚

本と本に関することの記録です。

夢幻花伝

 香道というものが、触れたのはつい最近だけど、香道というものが世の中にあると知ったのは、小学生の時です。まだ鬼夜叉と呼ばれていた少年時代の世阿弥が香を当てようとして外して

「猿楽者には、わからんか」

 と蔑まれ、嫌がらせに耐えながら必死になって花の御所で生きていく為に必要なことを覚えようとしていた姿で、様々な貴族の嗜みがあることを知りましたね。読み返したら

「こんな嫌がらせには負けない」

 と藤の花を見上げていた時、その姿を愛で

「御所で暮らすのに、鬼夜叉という名は相応しくなかろう」

 と、藤若という名をくれた親切な関白様の名前が二条良基様であることに気づいて笑ってしまった。連歌の名手である親切で優しい関白様としか覚えていなかったわ。f^_^;

 世阿弥南朝の遺臣説もこの話で知りましたね。世阿弥って他の人も作品で描いていたから少女漫画と相性がいいのかな。まあ能を好きな人が世阿弥について描きたいと思うのは不思議じゃないけど。

大江山花伝

大江山花伝

 

 木原さん、「桜姫東文章」をしっかり少女マンガにしていたなあ。歌舞伎ものだけ集めた本もあるから、あれがきっかけで歌舞伎座に足を運んだ人もいそうですよね。

 木原さん、読んでいるとこの方日本の古典や芸能が大好きなんだな、ということがよく分かる。好き過ぎて、つい作品に描かずにいられなかった人の話は面白いですよね。

 

 

 

字が汚い!

先日、ひょんな縁で歌会に参加したのですが、その時のご案内として

「和歌を一首作ってきてください」

までは、覚悟していたのですが

「書いた和歌は半紙を横にして筆で書くといいですよ」

 の言葉に青くなりました。思わず、この本を思い出してしまいましたよ。本当に悪筆の人間にとって、文字を書くというのは覚悟のいることですよね。

だから、この本の著者の思いがよく分かる。もう、これは世の悪筆の人間は読みながらひたすら、うんうん頷いている筈だ。

作家の新井素子さんも自分の字にコンプレックスがあって

ワープロが出た時、なんて素晴らしい!これで自分が書いた原稿を編集さんが間違わずに読んでくれるだろうか?と心配せずにすむと感激した」

 というエッセイを書いていたと思ったな。(しかし作家って、わりと切実にこういう悩みを抱いている人が多いようで。手書き文字でない原稿を受け取れることで安堵したのは作家だけでなく、編集者の方もそうじゃないかな)

 これ、自分の書く字にコンプレックスのある男性が

「人前で字を書くときに緊張しないようになりたい」「大人としてもっとこういい感じの字になりたい」

と綺麗な字が書けることになることを目標に右往左往するという話なのですが、その努力が全く報われていないところに涙が。

「上手い字を書きたいなんて高望みはしません。大人として恥ずかしくない字を書けるようになりたいです」

 世の悪筆の人間で、この言葉に同情と共感を抱かない人間がいるでしょうか。新保さん、名編集者として有名な人なんですよねえ。そういう名編集者でも悪筆からは逃れられないのか。

「頭の良さや仕事の出来る、出来ないと字の上手い下手さは関係しない」ということを喜ぶべきか「練習したからといって字が上手くなるとは限らない」ということを悲しむべきか判断に迷う本ですね。

浮浪児1945-―戦争が生んだ子供たち―

戦災孤児についての記録ってほんと少ないんですよね。

石井さんが「かつて戦災孤児だった人達がご存命のうちにお聞きしないと」と焦った理由がよく分かる。

これ戦災孤児についての記録なのだけれど、同時に日本の福祉政策の姿勢や児童保護に対する姿勢も見えたりしますね。

システムの不備を現場の良心に甘えて補わせるという姿勢が戦後一貫して変わらないということが凄いなあ。

石井さん、戦災孤児について興味を持ったのって児童虐待や貧困からの関連だろうけど日本の児童福祉関係者の間ではこの戦災孤児闇市世代が黄金の時代と言われているあたりが闇が深いですよねえ。

まあ、戦災で親を亡くすまでは周囲の大人に愛され守られ自尊心や自己肯定感を育ててきた世代と幼少時から虐待を受けて自分を否定する言葉しか与えられてこなかった世代では世の中を渡る力の強さが異なって当然でしょうね。

そういえば3月31日まで世田谷文学館で「あしたのジョー」展をやっているそうだけど、矢吹ジョーもたぶん戦災孤児ですよね。

ちばてつやさんが当時住んでいた場所でよく見かけた戦災孤児を思い出して彼らを励ますつもりで描いたと語っているのをどこかで読んだ気がするなあ。

ちばさんも大陸からの引き揚げで、よく一緒に遊んだ友達が引き揚げ船の中で亡くなったことをマンガにしているから戦災孤児達に対して、自分は運よくそうならなかっただけという意識があるのでしょうね。

 

夜の木の下で

教育虐待が原因で親を殺してしまった人のニュースが流れておりまして。

this.kiji.is

それを見たら、この中に収録されている「リターンマッチ」を思い出しました。

「リターン・マッチ」元は1997年に発刊された「いじめの時間」といういじめをテーマにした小説アンソロジーの中の一編だったんですよね。

「いじめの時間」江國香織とか角田光代とか柳美里とかの賞取り作家をずらりと揃えた競作アンソロジーだったけれど、私はあの本の中では湯本さんの話が一番好きだったので、こちらに再録された時は嬉しかったなあ。

 

教育虐待、昨今ようやくメディアも話題にしだしたけれど小説だと20年以上前から、マンガだと40年以上前から、そういう問題があると認識しているんですよね。

 以前、中学受験が原因で父親が息子を殺してしまった事件があったけれど、あれを聞いた時「あ、グレアムのパパ」と思ってしまいました。

あっちは息子を殺したではなく、息子の片目を失明させた、だけど自分の意に沿わない息子を暴力を使ってでも従わそうとした結果起こったことという構図については同じなんですよね。

 グレアムは、自分の自我を殺そうとする親の元から逃げ出したから、自分も死なず親も殺さずに済んだけれど、報道された事件の加害者のように、自分が死ぬか親が死ぬかどちらかでないと、この状況から逃れる術はないと思い詰めている人は今でもいるんでしょうね。

この国の様々な制度が家族主義で設計されていることの問題点は今までにも何度も指摘されているけれど、家族は助けあうものでありDVや虐待は存在しないという考えにしがみつきたい人が制度設計の決定に力を持つ限り状況を変えるのはなかなか難しいでしょうね。

 肉体への虐待やDVでさえ、そういうものがあるということを世の中が認識するまでかなりの時間がかかったのだから、まして精神へのDVや虐待は理解されるまでに相当な時間がかかりそうですね。

 

夜の木の下で

夜の木の下で

 

 

津波の霊たち

これを読んだのが「英国労働者階級の反乱」を読んですぐだったので、続けて読むと「長所は短所の裏返し」「短所は長所、長所は短所」というのがよくわかるなあと思いました。

 どちらもその国に長く住む異邦人が(ブレイディみかこさんの場合、特派員として滞在しているのではなく生活者として暮らしているのだから異邦人として書くのは失礼な気もするけれど。イギリス在住のアイルランド人と結婚して暮らしている日本人はイギリス生まれイギリス育ちの友人達に囲まれて暮らしていても、やっぱりイギリス社会を見る目は異邦人の目になりますよね)、その国に大きな変化をもたらす出来事に遭遇した時、その国の人々はどう行動し、何を思ったのかについてを記した記録という点では共通するものがありますね。

「長い取材の間、喧嘩、口論、意見の衝突を見たことは一度もなかった。なにより驚くべきは人々の中に〝自己憐憫〟がまったく見られなかったことだ。」

「私としては頭の中で比較せずにはいられなかった。これが日本の東北ではなくイギリス北東部だったら?

何百人のイギリス人が学校の体育館に集まり、まさにすし詰めの状態で生活し、眠る姿を想像してみた。きっとその状況が訪れる前に殺し合いが始まるに違いない。」

 

「震災直後の数週の間に東北を訪れた全ての外国人は、その光景に心を打たれた。」

 

 「被災地の取材という過酷な筈の経験は、いつのまにか感動的なものに変わった。残酷で恐ろしい場面、底知れない痛みがいたるところにあった。

ところが被災者たちの回復力と礼儀正しさによって恐怖は相殺され、ときに陰に隠れてしまった。その時の私は、これこそが日本の最高の姿ではないかと感じた。

このような広大無辺な慈悲の心こそ私がこの国について最も愛し、賞賛することのひとつだった。」

 と、災厄に見舞われた人達の冷静さ、忍耐強さ、互いを助け合う日本の共同体の強さに驚嘆し、賛美していた人が長く取材を続けるうちに、その賛美がいら立ちに変わる。

「どうして、そんなに我慢するんだ。どうして怒りをぶつけないんだ」

 その我慢強さを、忍従しないものを良しとしない空気を、怒りに声をあげ変化を求めない姿勢に苛立ちを隠せなくなったあたりで、「英国労働者階級の反乱」の中の

「イギリスの労働者階級は『代案を出せないのなら黙っていろ』というエリートの欺瞞に恐縮して口をつぐんだりはしない。

『おまえらがどう言おうと俺達は困っている!おまえら、頭いいんだろう!ならどうにかする方法を考えろ!』

 とエリートに自分達の問題について考えさせることを要求する。そうやってイギリスの労働者階級は有産階級をビビらせて社会に変化を求めてきた」

 なかったことにはさせない。見えなかったとは言わせない。おまえ達が見てなくても俺達は存在するんだ!と主張するイギリスの労働者階級とみんな大変だからと、自分の要求を言うのは我儘だと口をつぐんでしまう被災地の人々

短所は長所、長所は短所

 

 

 

 

津波の霊たちーー3・11 死と生の物語

津波の霊たちーー3・11 死と生の物語

 

 

お父さん、チビがいなくなりました

西さんといえば「お父さん、チビがいなくなりました」が映画化された時、主演の倍賞千恵子さんが

「この歳でラブロマンスの主演が出来たのが嬉しかった」

 と、インタビューで語ってまして。あれがなんか良かったなあ。確かに日本の映画で倍賞さん世代の方がラブロマンスの主役を張るのは珍しいかも。

 漫画の方は、自分より先に出世したという理由で恋人に振られた末娘の新しい恋も並行して描かれているので登場人物の感情に焦点を当てている感じがしたけれど、映画の方は「老いること」にも焦点を当てている感じがしましたね。

 かつて出来ていたことが出来なくなるという自分の老いへの恐れと、その恐れをお母さんには見せたくなくて、そっけなくしてしまうお父さんを藤竜也さんが上手に演じていたけれど、お父さんが自分以外の人に弱いところを見せていることを知ったお母さんは辛いよねえ。

 

 映画の方は「老いていく二人」にも焦点が当たっているから、漫画の方にあった愛情はあるんだけれど、それを上手く伝えられないお父さんの不器用さが表れている場面の印象が薄いのがちょっと残念かな。

 夫婦で一緒に旅行に出かける友達の話を聞かされた時は、羨ましがるお母さんにそっけない態度を取ったくせに旅行会社に行ってパンフレットをもらってくるとか(また間が悪いことに、お父さんが出かけている間にお母さんに友達からの旅行の誘いが入ってしまい、お父さんの態度にがっかりしていたお母さんはその誘いを受けてしまい、戻ってきたお父さんがパンフレットを見せる前に友達と旅行に行っていいか尋ねるんですよね)

 八百屋さんで

「栗入ってますよ。お好きでしょう?」

 と声をかけられ

「いや、そんなに好きじゃない」

 と返事を返した後

「え、毎年あんなに沢山買って帰られるからお好きだと思った」

 そう驚く八百屋さんに

「好きなのは、うちのと子供達」

 と、ボソッと応えるとか。相手に伝わらない愛情表現しか出来ない人だけと、妻や子への愛情は持っているというのが伝わる感じがしていいのですけどね。

 映画の方は映画の方で、名優二人が主役を張っているし、若い頃の二人の交流場面で昭和30年代の渋谷駅を再現していて、それが凄く昭和の恋という感じがしていいですけどね。

双子座の女

そういえばペシャワール会の中村先生の告別式の時、息子さんの答辞を読んで、中村先生も息子さんも理想的な九州男児なのだろうけど、そういう「男とは、こうあるべきだ」という文化の強い土地で、理想的な九州男児になれない人はどうするんだろうか?
と、思ったら、たまたま図書館で借りてきた本がまさに、そういう理想的な九州男児になれない人の話でシンクロニシティを感じて面白かったですね。(図書館って、こういう思いがけない出会いがあるのがいいですね)

 天文館通りという描写があるから、舞台は鹿児島で、男性文化の強い土地の話で。
そこで展開される地方企業の社長の息子で、しかも長男。そのうえ生徒会長で、剣道部の部長で、身長185㎝。(西さん、告白の大変さを際立たせる為にここぞと設定盛りましたね。f^_^;)
周囲からは理想的な跡取り息子と思われている中身乙女と手芸の達人だった為に彼(彼女)に懐かれてしまった少女を主軸とした物語。

 生徒会長の恋についての話はダメな人もいるんじゃないかな?と思いましたが、私は少女二人の友情物語だと思って読んだので楽しく読めました。

だって、この二人の会話って手芸好き女子の会話なんだもの。赤毛のアンでいえば、アンとダイアナの会話なんだもの。

「刈川さんって、いつも可愛い服を着てるよね。いいなあ、と思って。手作りなんだって、凄いなあと思って」
という言葉に、昔読んだ「サードガール」で
「手芸が好き、と言うと頬を緩ませる男はバカよね。誰が男の為にそんなことをするもんですか!手作り!レース!フリル!リボン!これは女の子の特権よ!」
と、お裁縫女子が高らかに毒舌を吐いていたことを思い出したりして。

お裁縫女子の(あ、お裁縫男子もだけど)、自らの手で美しいものを作り上げることに労を厭わない姿勢は既にもうそれ自体が才能ですよね。
才能ない人間は、うわあ、綺麗!でも、こんなものを作り上げる気力がない、とその時点で力つきる。

 西さん、別の作品で少女マンガを描いている男性公務員とファミレスでよく出会う人が、いつも自分をこっそり見ていることを不愉快に思って文句を言ったら、自分に気があるのではなくて絵のモデルとして見られていたことを知った女子高生の話を描いていまして。

 言い訳と受け取った女子高生が、「なら、読ませて」と言って見せることを要求したら、もの凄く面白くて。
出版社の人に原稿を見てもらう約束をしたけれど、やっぱりやめようかと悩んでいると言う男性にキレて
「だったら、私がこれを持っていく!駄目かどうか出版社の人に見てもらう!」
 と原稿を持って東京に向かってしまったので、男性が慌てて追いかけたら出版社では
「今すぐ連載できるくらい面白い作品を持ち込んだ女子高生と心配してついてきたお兄さん」
と思われてしまったと言う話がありまして。

 雑誌に載せるには足りないページを書き足す為に、ホテルで追加ページを書いている時に、今描いている原稿の作者だと編集者に思われている女子高生が描いている男性に向かって聞くのです。
「どうして少女マンガなの?」
 マンガには色々あるので、マンガを描きたいのなら少女マンガでなくても別にいいわけです。
だから女子高生が、そう問いかけるのは不思議ではないわけですが、その問いに男性は原稿を描きながら嬉しそうにこう答えるのです。
「少女マンガを知った時、僕は感動したんです。ありのままでいていい。そういう世界があるんだなあって」

 藤本由香里さんの少女マンガ評論に「私の居場所はどこにあるの?」というタイトルの本がありまして。藤本さん、時代が変わっても少女マンガのテーマは一貫してこれだと書いているんですよね。
「私の居場所はどこにあるの?」

 たぶん西さん鹿児島出身の人なのじゃないかなあと思うのですが、男性文化の強い土地というか「男たるものかくあるべし!」という文化のある土地で、その「かくあるべし!」に馴染めなかった人にとっては「そのままのあなたでいい」という世界があることを知るのは福音でしょうね。

 あっちの話は二人の関係は恋愛に発展するのだけど、こっちの話は恋愛に発展することもなく(そもそも生徒会長には最初から別に好きな人がいるけど、男性側だけでなく女性側にも最初から最後まで相手に対する恋愛感情がないというのが良かった)、周りから、ああ、あの二人つきあっているんだね、と思われる程度には友情を深めていく。

 まあ、手芸屋さんに二人で行って男性の方が大荷物を持っていれば周囲からは彼女の買い物につきあう彼氏に見られても無理はないよね。
実際は彼が着たい服を作る為に彼女に作り方を教えてもらうための材料なのですが。
(この二人が親しくなるきっかけが「夏期講習のとき毎日変わった服着てたよね‥‥あれ自分で作ったの‥やっぱり‥洋裁するんだね‥すごいや」「凄くはないけれどわたし小さいから自分にぴったりに作れるのがいいわね」という会話ですし)

そして洋裁指導中のこの二人の会話が楽しい。
「すぐ出来ると言ったじゃん!嘘つき!」
「ああ、ミシンかけるだけなのにそんなに時間かかるとは思わなかったわ」
 というのが、いかにも洋裁出来る人と出来ない人との会話という感じですよね。
洋裁に限らず、出来る人の「すぐ出来る」は出来ない人にとっては「すぐ出来ると言ったじゃん!嘘つき!」のことが多いですよね。
 出来る人は、自分が簡単に出来るから出来ない人の感覚が今ひとつ分からないことが多いですもの。f^_^;

とりあえず基礎ができるようになった後、買ってきた材料で二人は新しい服を作り始めるんですよね。

「いきなりドレスとはむずかしいこと考えたわね」
「185センチの人用ドレスなんて売ってないもん」
「‥‥‥あなたドレスが着たかったの?」
 この言葉に大きくうなづいた彼に対して彼女が
「‥‥‥そっか『作れるかな』より『着てみたい』のほうがうまくいくのかも‥‥わかったサポートするわ。 で どれが作りたいの」
 と応えるところが教える人と教えられる人との会話だなあという感じがするんですよね。
教える側が教えたいことより、教えられる側の「これやってみたいんです!」に沿った方がうまくいくことはありますよね。f^_^; この会話は楽しいのだけど、こっちの言葉は切ない。

「テレビとかでさバージンロードを花嫁さんが歩いていくんじゃない 。それ見ては花嫁さんの気持ちになってウットリしてたの。
でも我に返ると自分には花嫁さんにはないモノがついているわけじゃん。
子供のころ‥‥5年生くらいまでかな。いつかこれが取れてわたし女になるんだと思ってた」
 こういうことを話せる相手が今まで生徒会長にはいなかったんですね。今まで話せなかったことを話せる相手がいて。
その人と一緒に今まで出来なかったことをしている時に生徒会長はこう漏らすの。
「‥‥服作るのって楽しい 。思ったとおり、わたしスカートが好きだわ 。肌や爪の手入れをしたり 、アクセサリーを選んだり 。髪をあれこれいじったり‥‥楽しい 。
わたしずっとこういうことがしたくてしたくて‥‥たまらなかったんだなって‥‥でも、どうしたらいいのかわからない‥‥わたし、 わたし…どうしたら」
 この問いに対して
「いいのよ 、今は考えなくてもいいのよ 。気づいたからって後悔する必要もないわ 。 泣きたかったら泣いてもいいの」
 とてもクールで大人だなあという感じがするんですよね。まあ、彼女シングルマザーの一人娘で、仕事で忙しい母は家を空けることも多いので自然と立ち居振る舞いが身についてしまったのかもしれませんけれど。

 この彼女がシングルマザーの一人娘だということは二人の関係にも大きく影響していて。
手芸女子が、うっかり生徒会長の夢日記を読んでしまって(それも中学生女子が書くような超乙女ちっくな夢)、ちょっと二人の関係が気まずくなった後。生徒会長がこういうんですね。
「わたし…‥あなたと仲良くなるんじゃなかったわ‥‥そうしたら自分が苦しいことに気づかずに生きていけたかもしれないのに」

 自分の欲求に知らないフリをして。周りが求める理想的な跡取り息子を続けることが出来た筈。こう漏らした言葉に対する手芸女子の返しがクールで。

「苦しいことは いつかガマンできなくなるものよ。それにあなたがわたしに関心を持ったんじゃないの。わたしに苦しいって言いたかったんじゃないの 。
逃げなさんなよ。多分ここから逃げたら一生よ」
 最初に声をかけたのは手芸女子じゃなくて生徒会長の方なんですよね。選んだのは彼女ではなくて生徒会長の方なのです。
貴方が、自分の本当のことを言いたい相手として私を選んだのだという言葉に生徒会長が力なく
「‥‥一生‥‥一生こんなよ」
 と漏らすと
「わたしの母、なんとなくわたしを産んだんじゃないのよ。恋人に死なれて、今ほどシングルマザーに世間は寛容じゃなくて 。
でも産まなかったら 、その人を愛していた自分の気持ちを殺すような気がしたんですって」
 これ発刊が2004年の本なんですよね。主人公達は16,17だから逆算すると手芸女子の母が同棲していた恋人を事故で(労災で亡くなったという台詞があるからアルバイト中の事故でしょうね)亡くしたのが80年代末期。
 バブルの頃だから仕事を見つけるのは今より容易だったといえ、未婚のシングルマザーに対する目は今より厳しくて。結婚前に妊娠して、しかも恋人に死なれたので出産後は一人で子育てしなければいけない娘に対して親や周囲が
「可哀想だけど、お腹の子は諦めろ」
 と説得しようとするのは容易く想像できることなんですよね。けれど、手芸女子の母は、その説得に応じなかった。
「母はわたしを産むために育った街と親と別れたのよ」

 だから、母の選択を知っている手芸女子がこう続けるのは自然なのです。彼女は母親が「自分 」ではなく「世の中」に従っていたら、この世に生まれていなかった訳ですから。
「わたしがここにいるのは偶然なのよ
あなたがそんな苦しみを背負ってわたしに出会ったのも偶然だわ
会えてよかったわね」

 手芸女子、生徒会長に対して徹頭徹尾、自分の方からああしろ、こうしろとは言わないんですね。彼女は常に受け身側で生徒会長の選択に対し「ああ、それもありかも」という姿勢を崩さない。
 自分はオブザーバーの傍観者で、決めるのは生徒会長自身だという姿勢を崩してないんですね。
で、決めるのは生徒会長自身だけれど、貴方がおかしなことをしてると思ったら言うし、おかしなことをしていても、貴方が私の友達であることは変わらない。
貴方がどんな選択をしても、私はそれを受け入れて応援するよ、という態度は崩してないんです。

「来週土曜日父が東京から帰ってくるの‥‥ドレスを仕上げるわー殺されるかもしれない‥‥殺されてもいいわ」
「ーだめよ わたし あなたとずっと友達でいたいわ‥‥そうしましょうよ」
「‥‥うん」
 ずっと友達でいましょうよ、という言葉は赤毛のアンの中にもあった言葉で。孤児院で育って、ずっと親友が欲しい。自分の心の内を打ち明けられる友達が欲しいと思っていたアンがダイアナに向かって言うのです。
「ずっと友達でいましょうよ」

 この言葉は裏切られることがなかったんですよね。二人が少女でなくなっても。同じ村で暮らさなくなっても。離れた場所で暮らすので会うことがなかなか難しくなっても。
「ずっと友達でいましょうよ」

 塩野七生さんが「風と共にされぬ」についてのエッセイで「女にとって必要なのは愛か?理解か?」ということについて書いてまして。
レットバトラーとアシュレーを比較して「理解さえあれば女は愛がなくとも生きていける」と書かれているのですが、少女は欲張りだから愛も理解も欲しがるんですね。
 そういう読み手である少女達の欲求が素直に読み取れるところも、この物語は面白かったです。

 

 

 

STAYリバース 双子座の女 (flowers コミックス)

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