木曜日の本棚

本と本に関することの記録です。

退引町お騒がせ界隈

技術の断絶について色々と聞く機会がありまして。学校やアマチュアという形でも技術は伝えていけないだろうか。技術は断絶させないことが大事なんだとお聞きして、遠藤淑子さんの初期作にそういう話があったなあ、と思い出したりして。

 

失恋と進路決定時期が重なったので、誰も知っている人のいないところで新生活を、と親の反対を押し切って進学し、一人暮らしを始めようとした女子大生は、これから生活する筈の街についてから、自分が不動産詐欺に遭って入居する筈だったアパートがないことを知る。

親の反対を押し切って進学した手前、親には頼れない。同情した街の人が

「あそこならお部屋が空いているかも」

 と紹介してくれたのは、元はこの辺り一帯の領主だった古いお屋敷。もっとも先代の代に事業に失敗して残っているのは、この屋敷だけ。そして屋敷の方も「お屋敷」という言葉より「古い」という言葉が先に立つ代物。

 

現主人である若い主人は、彼女の境遇に同情して下宿させることを同意してくれたけれど、女子大生から見ると

「大家さん、とてもいい人だけど、働いている様子もないし、他に収入もあるようには見えないし、この屋敷には下宿人は私一人。こんなので大家さんの生活は成り立つのか?」

 と、心配する状況。もっとも大家さんと一緒に街を歩くと

「おや、若様、新しいお女中を雇われたのですか?」

 と、尋ねられ

「若様、これ商売ものですけど良かったらお持ちください」

「若様、何かお困りのことはありませんか?」

 と、商店街の人が寄ってくるので、商店街からのいただきもので大家さんの生活は困ることはない。

何故、商店街の人がこんなに大家さんを気にかけているかというと、戦後引き揚げてきて困っていた人々に同情した先々代が無償で土地を提供してくれたのが、ここの商店街の始まりなので、商店街の人々はその時の恩を忘れておらず、没落した元領主の家のことを気にかけている。

とはいえ、それはいつまで続くか分からないので、大家さんにしっかりとした収入の道を、と女子大生は色々提案するが上手くいかず、逆に「先代の借金の証書がある」

 と、押しかけてきた借金取りに

「あなたは私を不動産詐欺にかけた不動産屋!と、いうことはその証書も詐欺でしょ!」

 と言ってしまったことで、借金取りに乱暴されそうになり、それを収める為に大家さんは借金取りが欲しがっていた焼き物を証書と引き換えに渡してしまう。

「私のせいで家宝があんな人達の手に渡ってしまった」

 と落ち込む女子大生に大家さんは

「あなたの体には変えられません。それに焼き物はまた作れますから」

 と慰める。実は借金取りが欲しがっていた焼き物は大家さんが作ったものだった。借金取りが、それを家宝の焼き物だと思ったのは、それが今では失われた「幻の青」と呼ばれる製法で作られていたから。

 かつて人間国宝と呼ばれた人の死とともに、その製法は失われ「幻の青」は好事家達の間で高値で取引されていた。大家さんの家から取り上げられた焼き物を持ち込まれた美術商は

「確かに、この製法は幻の青だが年代が違う。いったい、どこでこれを?」

 と借金取りに尋ね、大家さんの家を尋ねてくる。ちょうどその時、大家さんは窯の前で女子大生に事情を説明しているところだった。

子供の頃から焼き物が好きだった先々代は、人間国宝の工房に度々遊びに行き、その製法を教えてもらっていた。

 でもその当時、華族の当主が焼き物で生計を立てるなど許されなかったので先々代は、あくまで趣味として焼き物を作っていた。そして、その趣味を大家さんにも教えていたので、途絶えていたと思われていた「幻の青」の技法は、人間国宝から先々代へ、先々代から大家さんへと伝わっていた。事情を立ち聞きした美術商は

「なるほど事情は分かりました。あなたの焼き物を拝見しました。素晴らしい。陶芸家として身を立てる気はありませんか?」

 と誘いをかけ修行ができる窯元への紹介を持ちかける。と、まあこんな感じのお話でして最後は修行するかどうかを決める為に紹介された窯元へ旅立つ大家さんに女子大生が恋の告白をするところで終わったのじゃないかな。

 遠藤淑子さんは、長年のファンにすら「あの絵で少女漫画界の荒波を渡り続けてきた遠藤淑子」と言われる人なのですが、読むと何故渡り続けられてきたか分かるくらい名言が多い人なのですよね。

 

この本、とある街に住む人々の話を描いたオムニバス短編集なので、女子大生と大家さんの話以外も色々あるのだけど、犬好きの人は長年飼っていた犬を亡くした女の子の話はうるうるくるとくるのじゃないかな?

 亡き愛犬を埋めた後

「もう動物は飼わない 死んだら動物がかわいそう」

 という女の子に

「変な理屈」
 という女の子のお兄ちゃんの台詞がいいんですよね。

「死んだらかわいそうなのは動物じゃなくて 自分がかわいそうなんだろ。可愛がってた動物が死んだら悲しいのは当たり前だ。死んじゃったらいっぱい泣いてやらないと それこそかわいそうだ」

 この後に続く台詞は、多分犬好き号泣だと思うので機会があったら手にとってみてください。

 アパート一女性らしい渚ちゃんのところへ

「男は男らしくせんか!」が教育方針の渚ちゃんのお父さんが訪ねてくる話もいい話だったなあ。

 この話、「渚兄ちゃんは、こんなにいい人なのに」と考え込む小学生の太一くんの視点も好き。