木曜日の本棚

本と本に関することの記録です。

双子座の女

そういえばペシャワール会の中村先生の告別式の時、息子さんの答辞を読んで、中村先生も息子さんも理想的な九州男児なのだろうけど、そういう「男とは、こうあるべきだ」という文化の強い土地で、理想的な九州男児になれない人はどうするんだろうか?
と、思ったら、たまたま図書館で借りてきた本がまさに、そういう理想的な九州男児になれない人の話でシンクロニシティを感じて面白かったですね。(図書館って、こういう思いがけない出会いがあるのがいいですね)

 天文館通りという描写があるから、舞台は鹿児島で、男性文化の強い土地の話で。
そこで展開される地方企業の社長の息子で、しかも長男。そのうえ生徒会長で、剣道部の部長で、身長185㎝。(西さん、告白の大変さを際立たせる為にここぞと設定盛りましたね。f^_^;)
周囲からは理想的な跡取り息子と思われている中身乙女と手芸の達人だった為に彼(彼女)に懐かれてしまった少女を主軸とした物語。

 生徒会長の恋についての話はダメな人もいるんじゃないかな?と思いましたが、私は少女二人の友情物語だと思って読んだので楽しく読めました。

だって、この二人の会話って手芸好き女子の会話なんだもの。赤毛のアンでいえば、アンとダイアナの会話なんだもの。

「刈川さんって、いつも可愛い服を着てるよね。いいなあ、と思って。手作りなんだって、凄いなあと思って」
という言葉に、昔読んだ「サードガール」で
「手芸が好き、と言うと頬を緩ませる男はバカよね。誰が男の為にそんなことをするもんですか!手作り!レース!フリル!リボン!これは女の子の特権よ!」
と、お裁縫女子が高らかに毒舌を吐いていたことを思い出したりして。

お裁縫女子の(あ、お裁縫男子もだけど)、自らの手で美しいものを作り上げることに労を厭わない姿勢は既にもうそれ自体が才能ですよね。
才能ない人間は、うわあ、綺麗!でも、こんなものを作り上げる気力がない、とその時点で力つきる。

 西さん、別の作品で少女マンガを描いている男性公務員とファミレスでよく出会う人が、いつも自分をこっそり見ていることを不愉快に思って文句を言ったら、自分に気があるのではなくて絵のモデルとして見られていたことを知った女子高生の話を描いていまして。

 言い訳と受け取った女子高生が、「なら、読ませて」と言って見せることを要求したら、もの凄く面白くて。
出版社の人に原稿を見てもらう約束をしたけれど、やっぱりやめようかと悩んでいると言う男性にキレて
「だったら、私がこれを持っていく!駄目かどうか出版社の人に見てもらう!」
 と原稿を持って東京に向かってしまったので、男性が慌てて追いかけたら出版社では
「今すぐ連載できるくらい面白い作品を持ち込んだ女子高生と心配してついてきたお兄さん」
と思われてしまったと言う話がありまして。

 雑誌に載せるには足りないページを書き足す為に、ホテルで追加ページを書いている時に、今描いている原稿の作者だと編集者に思われている女子高生が描いている男性に向かって聞くのです。
「どうして少女マンガなの?」
 マンガには色々あるので、マンガを描きたいのなら少女マンガでなくても別にいいわけです。
だから女子高生が、そう問いかけるのは不思議ではないわけですが、その問いに男性は原稿を描きながら嬉しそうにこう答えるのです。
「少女マンガを知った時、僕は感動したんです。ありのままでいていい。そういう世界があるんだなあって」

 藤本由香里さんの少女マンガ評論に「私の居場所はどこにあるの?」というタイトルの本がありまして。藤本さん、時代が変わっても少女マンガのテーマは一貫してこれだと書いているんですよね。
「私の居場所はどこにあるの?」

 たぶん西さん鹿児島出身の人なのじゃないかなあと思うのですが、男性文化の強い土地というか「男たるものかくあるべし!」という文化のある土地で、その「かくあるべし!」に馴染めなかった人にとっては「そのままのあなたでいい」という世界があることを知るのは福音でしょうね。

 あっちの話は二人の関係は恋愛に発展するのだけど、こっちの話は恋愛に発展することもなく(そもそも生徒会長には最初から別に好きな人がいるけど、男性側だけでなく女性側にも最初から最後まで相手に対する恋愛感情がないというのが良かった)、周りから、ああ、あの二人つきあっているんだね、と思われる程度には友情を深めていく。

 まあ、手芸屋さんに二人で行って男性の方が大荷物を持っていれば周囲からは彼女の買い物につきあう彼氏に見られても無理はないよね。
実際は彼が着たい服を作る為に彼女に作り方を教えてもらうための材料なのですが。
(この二人が親しくなるきっかけが「夏期講習のとき毎日変わった服着てたよね‥‥あれ自分で作ったの‥やっぱり‥洋裁するんだね‥すごいや」「凄くはないけれどわたし小さいから自分にぴったりに作れるのがいいわね」という会話ですし)

そして洋裁指導中のこの二人の会話が楽しい。
「すぐ出来ると言ったじゃん!嘘つき!」
「ああ、ミシンかけるだけなのにそんなに時間かかるとは思わなかったわ」
 というのが、いかにも洋裁出来る人と出来ない人との会話という感じですよね。
洋裁に限らず、出来る人の「すぐ出来る」は出来ない人にとっては「すぐ出来ると言ったじゃん!嘘つき!」のことが多いですよね。
 出来る人は、自分が簡単に出来るから出来ない人の感覚が今ひとつ分からないことが多いですもの。f^_^;

とりあえず基礎ができるようになった後、買ってきた材料で二人は新しい服を作り始めるんですよね。

「いきなりドレスとはむずかしいこと考えたわね」
「185センチの人用ドレスなんて売ってないもん」
「‥‥‥あなたドレスが着たかったの?」
 この言葉に大きくうなづいた彼に対して彼女が
「‥‥‥そっか『作れるかな』より『着てみたい』のほうがうまくいくのかも‥‥わかったサポートするわ。 で どれが作りたいの」
 と応えるところが教える人と教えられる人との会話だなあという感じがするんですよね。
教える側が教えたいことより、教えられる側の「これやってみたいんです!」に沿った方がうまくいくことはありますよね。f^_^; この会話は楽しいのだけど、こっちの言葉は切ない。

「テレビとかでさバージンロードを花嫁さんが歩いていくんじゃない 。それ見ては花嫁さんの気持ちになってウットリしてたの。
でも我に返ると自分には花嫁さんにはないモノがついているわけじゃん。
子供のころ‥‥5年生くらいまでかな。いつかこれが取れてわたし女になるんだと思ってた」
 こういうことを話せる相手が今まで生徒会長にはいなかったんですね。今まで話せなかったことを話せる相手がいて。
その人と一緒に今まで出来なかったことをしている時に生徒会長はこう漏らすの。
「‥‥服作るのって楽しい 。思ったとおり、わたしスカートが好きだわ 。肌や爪の手入れをしたり 、アクセサリーを選んだり 。髪をあれこれいじったり‥‥楽しい 。
わたしずっとこういうことがしたくてしたくて‥‥たまらなかったんだなって‥‥でも、どうしたらいいのかわからない‥‥わたし、 わたし…どうしたら」
 この問いに対して
「いいのよ 、今は考えなくてもいいのよ 。気づいたからって後悔する必要もないわ 。 泣きたかったら泣いてもいいの」
 とてもクールで大人だなあという感じがするんですよね。まあ、彼女シングルマザーの一人娘で、仕事で忙しい母は家を空けることも多いので自然と立ち居振る舞いが身についてしまったのかもしれませんけれど。

 この彼女がシングルマザーの一人娘だということは二人の関係にも大きく影響していて。
手芸女子が、うっかり生徒会長の夢日記を読んでしまって(それも中学生女子が書くような超乙女ちっくな夢)、ちょっと二人の関係が気まずくなった後。生徒会長がこういうんですね。
「わたし…‥あなたと仲良くなるんじゃなかったわ‥‥そうしたら自分が苦しいことに気づかずに生きていけたかもしれないのに」

 自分の欲求に知らないフリをして。周りが求める理想的な跡取り息子を続けることが出来た筈。こう漏らした言葉に対する手芸女子の返しがクールで。

「苦しいことは いつかガマンできなくなるものよ。それにあなたがわたしに関心を持ったんじゃないの。わたしに苦しいって言いたかったんじゃないの 。
逃げなさんなよ。多分ここから逃げたら一生よ」
 最初に声をかけたのは手芸女子じゃなくて生徒会長の方なんですよね。選んだのは彼女ではなくて生徒会長の方なのです。
貴方が、自分の本当のことを言いたい相手として私を選んだのだという言葉に生徒会長が力なく
「‥‥一生‥‥一生こんなよ」
 と漏らすと
「わたしの母、なんとなくわたしを産んだんじゃないのよ。恋人に死なれて、今ほどシングルマザーに世間は寛容じゃなくて 。
でも産まなかったら 、その人を愛していた自分の気持ちを殺すような気がしたんですって」
 これ発刊が2004年の本なんですよね。主人公達は16,17だから逆算すると手芸女子の母が同棲していた恋人を事故で(労災で亡くなったという台詞があるからアルバイト中の事故でしょうね)亡くしたのが80年代末期。
 バブルの頃だから仕事を見つけるのは今より容易だったといえ、未婚のシングルマザーに対する目は今より厳しくて。結婚前に妊娠して、しかも恋人に死なれたので出産後は一人で子育てしなければいけない娘に対して親や周囲が
「可哀想だけど、お腹の子は諦めろ」
 と説得しようとするのは容易く想像できることなんですよね。けれど、手芸女子の母は、その説得に応じなかった。
「母はわたしを産むために育った街と親と別れたのよ」

 だから、母の選択を知っている手芸女子がこう続けるのは自然なのです。彼女は母親が「自分 」ではなく「世の中」に従っていたら、この世に生まれていなかった訳ですから。
「わたしがここにいるのは偶然なのよ
あなたがそんな苦しみを背負ってわたしに出会ったのも偶然だわ
会えてよかったわね」

 手芸女子、生徒会長に対して徹頭徹尾、自分の方からああしろ、こうしろとは言わないんですね。彼女は常に受け身側で生徒会長の選択に対し「ああ、それもありかも」という姿勢を崩さない。
 自分はオブザーバーの傍観者で、決めるのは生徒会長自身だという姿勢を崩してないんですね。
で、決めるのは生徒会長自身だけれど、貴方がおかしなことをしてると思ったら言うし、おかしなことをしていても、貴方が私の友達であることは変わらない。
貴方がどんな選択をしても、私はそれを受け入れて応援するよ、という態度は崩してないんです。

「来週土曜日父が東京から帰ってくるの‥‥ドレスを仕上げるわー殺されるかもしれない‥‥殺されてもいいわ」
「ーだめよ わたし あなたとずっと友達でいたいわ‥‥そうしましょうよ」
「‥‥うん」
 ずっと友達でいましょうよ、という言葉は赤毛のアンの中にもあった言葉で。孤児院で育って、ずっと親友が欲しい。自分の心の内を打ち明けられる友達が欲しいと思っていたアンがダイアナに向かって言うのです。
「ずっと友達でいましょうよ」

 この言葉は裏切られることがなかったんですよね。二人が少女でなくなっても。同じ村で暮らさなくなっても。離れた場所で暮らすので会うことがなかなか難しくなっても。
「ずっと友達でいましょうよ」

 塩野七生さんが「風と共にされぬ」についてのエッセイで「女にとって必要なのは愛か?理解か?」ということについて書いてまして。
レットバトラーとアシュレーを比較して「理解さえあれば女は愛がなくとも生きていける」と書かれているのですが、少女は欲張りだから愛も理解も欲しがるんですね。
 そういう読み手である少女達の欲求が素直に読み取れるところも、この物語は面白かったです。

 

 

 

STAYリバース 双子座の女 (flowers コミックス)

STAYリバース 双子座の女 (flowers コミックス)