木曜日の本棚

本と本に関することの記録です。

おじいちゃんの里帰り

FBで就職活動中の女子大生が生まれたばかりの我が子を殺してしまった事件の解説が流れてきたけれど、それを見たらこの映画のことを思い出しました。

www3.nhk.or.jp

これトルコ移民の家族が「故郷に帰る」という祖父の言葉で一族全員でドイツからトルコまで里帰りの旅をするロードムービーなのだけど、旅の途中恋人との間に子供が出来てしまったことを誰にも言えないでいる孫娘に

「おまえ、妊娠しているんだろう。おじいちゃんには分かる。嘘はつくな」

 と祖父が言うんですよね。ドイツ在住とはいえムスリム文化の家族だから貞節に対しては厳しく、学生で結婚模していないのに妊娠してしまったことに孫娘はずっと悩んでいたわけです。

 本当は旅行もしたくないのですが、家族の結束が日本よりはるかに強いトルコ人ですから一族揃って里帰りする時に自分だけが行かないとは言えない。一族の中で一番年少の孫息子だけが従姉の様子がいつもと違うことに気づいていたのですが気づいていたのは孫息子だけではなかったのですね。

 しかも子供と違って祖父は大丈夫だからと誤魔化されてくれない。

「相手は誰だ?ドイツ人か?」

「イギリス人なの」

「イギリス人、なんてこった」

 これが孫娘が妊娠したことを言い出せなかった理由で(確か恋人の方は彼女が妊娠したことに驚いていたけれど同時に喜んでもいたんじゃないかな)結婚前に妊娠しただけでもハードルが高いのに、相手がトルコ人じゃない。今暮らしているドイツの人間ですらなくイギリス人ということで告白へのハードルがとてつもなく高かった孫娘は、思わず天を仰いでしまった祖父の反応に泣き崩れてしまったのですが、ここで

「ああ、泣くな、泣くな。心配するんじゃない。おじいちゃんがなんとかしてやるから」

 孫娘の肩を抱いて慰める祖父がいかにも家父長制度が色濃く残っているトルコの家長らしく、「トルコで私も考えた」を描いている高橋ゆかりさんが

「家父長制度を単純にいいと賛美する人は多いけど、トルコの男性を見てると(家父長制度の強い地域の)男は大変ですよ。

 男たるもの、強く、優しく弱音を吐かず、身を盾にして家族を守り、しかも詩や音楽をこよなく愛す浪漫を忘れてはならないのだから。

うちはゴミ出しや力仕事は男の仕事なので、夫や息子と一緒に出かけた時に重いものを持ったことはない。男が側にいる時に女に重い荷物を持たせることは『男の恥』になるのだそうです」

 描いていたなあ、と思い出しました。

 家父長制度云々は横に置いておいて、就職活動中の女子大生も悩みで頭がいっぱいで視野が狭くなる前に、こういう風に誰かに気づいてもらえれば良かったのに。

「失敗した」という思いで頭がいっぱいの時に、怒られるのではなく「ああ、泣くな、泣くな。心配するな」と誰かに抱き止めてもらえれば良かったのに。(もっともこの映画でも娘の妊娠を知った母親の方は怒り狂ってましたけどね)

 そして、この映画、おじいちゃんが家族の中で一番早く妊娠に気づいていた理由については、おばあちゃんが

「あの人はそうよ。私の時も私より先に妊娠に気づいていた」

 と落ちをつけたのでした。おじいちゃんは今より更に婚前交渉について厳しかった時代のトルコでおばあちゃんを妊娠させ、妻の身を守る為に駆け落ち婚をしたのでした。トルコも名誉殺人のある国ですからね。

(念の為に書きますとおじいちゃんが移民をしたのは、子供達が学校にあがる年頃になった頃、労働力を求めていたドイツに出稼ぎに行ったのがきっかけなので、駆け落ち婚とは関係ありません)

 

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