木曜日の本棚

本と本に関することの記録です。

生きろ 島田叡-戦中最後の沖縄県知事

戦中最後の沖縄県知事のドキュメンタリー、再演されますね。

私が観たのはジャックアンドベティだったのですが、14日から27日までシネマリンで再上映かあ。しかも15日には佐古監督の舞台挨拶があるんですね。お盆じゃなかったら行きたかったなあ。

シネマリン、この時期は1953年に製作された「ひろしま」のリマスター版は上映するし(これ実際にこの惨状を体験した方達がエキストラとして参加されているんですよね)、「野火」はやるわ「東京裁判」はかけるわ、気合い入ってますよねえ。 

 

これねえ、まだ観たことがない兵庫県人と栃木県人は「戦時下の沖縄の映画?(~_~;) 」と思わず、観るといいと思うのですよね。

「苦難の時こそ、漢気を見せるのがうちのとこの人間!」

 と同郷人を誇れるのではないかと思うんですよ。島田県知事は兵庫出身で荒井警察部長は栃木出身。どちらも沖縄にはゆかりのない人達なのに

「自分達の責務は沖縄県民を守ることである」

 という職責を最後までまっとうしようとしたんですよね。しかも島田知事、知事に任命されたのが昭和20年1月よ。

「俺は、他の人に死ねとはよう言わん」

 と赴任の命を受けた後、家族に語っているように島田知事もおそらく本土に帰ってこれないということは分かってる。

島田知事、官吏としては非常に優秀な人でしたが、同時に上の言うことを素直に「はい」というイエスマンタイプの人ではなかったのですね。

だから、そんなに上の受けがいいわけではなさそうなのね。

たぶん上からは「仕事はできるんだけど、あいつは面倒い」と言われてしまうけど下からは慕われるタイプ。まあ、だからそういう人物評価が島田知事が選ばれた理由の一つじゃないかなあ。

 広島への原爆投下の情報を日本軍が事前にキャッチしていた説というのがありまして。この説の根拠の一つに粟屋広島市長が優秀な人だったけれど、ゴーストップ事件の時の対応で分かるように言いだくだくと軍に従う人間じゃない、というのがありまして(軍に素直に従う人間じゃなかったとしても軍都廣島の市長が軍に協力しない筈はないから、この説はガセだと思うけど)、そういう説が出るような空気はあったのでしょうね。

「貴方がどんな悪いことをしたというの?」

 と島田知事の家族は泣いていたけれど、荒井警察部長は島田県知事が赴任してくれて嬉しかったと思うなあ。

 なにせ、それまでの県知事は沖縄県民を守ることよりも敗色濃くなった沖縄から逃げ出すことを優先したいという態度をありありと見せていたから、まるでやる気なし。

 沖縄県庁の職員達にも、それは分かっていたようで赴任してきた島田知事の挨拶を聞いた当時の沖縄県職員が

「勇気が湧いてきて、この人となら運命を共にすることは出来る。この人となら死ねるね、という気持ちになった」

 と、語っているように

「県民を守ろうという意志のあるまともな知事が来た!」

 というのは、ともに仕事をする立場の人からしたら嬉しいよねえ。なにせ県知事も警察部長も県職員も、その後その努力をことごとく無駄にされているのだから、せめて仕事仲間ぐらい信用できる人達であって欲しいよね。

 この映画を観た後、「ドキュメント沖縄戦」を観たのですが、ほんと辛かったなあ。沖縄県民を救う為に力を尽くしてきた人達の努力がことごとく無駄になっていくのを見せつけられるのだもの。

「ドキュメント沖縄戦」は宝田明さんのナレーションがやや感情過多だったので、私は「生きろ」の佐々木蔵之介さんの抑えたナレーションの方が好みだけど経歴を考えると仕方ないかなあ。

 戦後生まれの佐々木蔵之介さんと違って、宝田明さん満州引き揚げ組だもの。そりゃ関東軍に置き去りにされた人間からすれば軍に守ってもらえなかった沖縄県民の姿は自分達とかぶるよねえ。

 関東軍、大陸邦人守ろうとして全滅した部隊があったことも知っているけど、上層部は民間人を盾にして自分達だけ家族を連れて先に逃げたよね。自国民を守ろうとしない軍隊への視線は厳しくなって当然でしょうね。

 軍は国を守る為に存在するもの。それは大陸でも沖縄でも変わらなかった筈だけど、では守るべき国とは何か?という話になるんですよね。

 沖縄県知事沖縄県警察部長にとっては、それは明確だった。行政官である二人には、守るべき国というのは民であり、その為の役割を自分は国から命じられているという認識がある。

 だから沖縄戦が始まる前も、始まってからも沖縄県民を守る為に必死になって力を尽くし、どうやったら犠牲者を少なく出来るか?を考え、行動する。

 では沖縄にいた日本軍にとって守るべきものは?軍は国を守る為に存在する。だから沖縄県民は日本軍が沖縄を守ってくれると信じた。友軍がいてくれる限り、自分達は大丈夫だと信じた。だから軍属として協力しろ、という軍からの命令にも当然のこととして従った。

 日本軍は沖縄を守る為に存在した。そのことには間違いない。ただ、それは防衛上の重要基点としての沖縄。その中に沖縄の民間人達は含まれているのか?という話になるんですよね。

 誤解を恐れずに言いますと、戦闘だけを目的とするなら民間人は足手まといになるんですよ。

 ところが基本原則として軍は民間人を守らなければいけない。

 だから、えっぐい作戦だと軍が民間人を盾にして自分達を攻撃させないようにすることもあるわけで。

 沖縄県民を米軍の及ばないところに逃して守るという県知事と警察部長の方針は、本来軍にとっても足手まといを減らせるので有り難い筈なんですよね。

 少なくとも海軍中将の方はそれを理解している。ところが、この時日本軍て人手不足なんですよね。

 既に日本の敗色は濃くなり、沖縄が破られたら次は本土決戦だ、という判断を大本営はしている。

 だから本土の守りを厚くする為に沖縄にいた兵を本土に回しているのね 。戦艦大和の伊藤艦長は

「一億総特攻の先駆けとなってくれ」

 という命を受けて沖縄に向かったけれど、既にこの時大本営の認識では沖縄は本土を守る為の捨て石。捨て石の為に多くの兵はさけないというのが大本営の判断で、そうなると人手不足を補う為にもより多くの軍属を必要とするし民間人の協力が欠かせないんですね。

 太田海軍中将が最後の電文として

沖縄県民、かく戦えり。後世、特別の配慮を」

 を残しているのも無理はないよなあ。本来守るべきものを守らなかった。守らないどころか、本土を守るという目的の為に危険に晒した。仕方ないことと自分も容認した。せめて、そのことを知っておいて欲しいという太田中将の意思ですよねえ。

 少なくとも海軍の方は自分の行動の矛盾にも気づいているし、沖縄県側の要望を受け入れたい気持ちもあった。

 ところが陸軍側にとっては見ているのは本土の方なんですよね。

 本土を守る為に少しでも長く沖縄にアメリカ軍を足止めしなければならない。その為には勝敗が決した以上無駄でしかない転戦をするしかできない。自分達が敗れたと大本営に報告することはできない。

 海軍、陸軍ともに米軍との停戦協定を結ばず組織のトップが自決する。負けを認め、これ以降の先頭を破棄するという締結を結ばず、いなくなる。

 陸軍中将の残した手紙は自分達がいなくなった後も戦い続けろ。沖縄の民間人は軍人同様本土を守る為に玉砕しろと言っているようにしか見えませんねえ。

そうすると、「お国の為に命を尽くせ」という当時の常識は家父長制ではないですね。家父長制度というのは家長の言うことは絶対だけど、その代わり家長は自分の命に従うものを守る義務があるわけで。

「命令に従え。滅私奉公して命も捨てろ」というのは恐怖政治や全体主義国家のパターンですよねえ。

 米軍の攻撃から逃れる為に豪に隠れていた沖縄県民が捕虜になった時、米兵の

「豪の中に日本兵はいるか?いるなら助けて欲しいか?殺して欲しいか?」

 の問いかけに、豪の中で軍人に逆らえば殺されるという恐怖を感じていた人々が一斉に「殺せ、殺せ」と返しても不思議はないんですよねえ。

 恐怖で人を支配するものは、人々を抑えつけてきた権力が無くなると復讐される。

これねえ、県知事と警察部長が、その役職に課せられた「地域住民を守る」という役割を全うして、今日にいたるまで沖縄県民の尊敬を集めているのとは対照的なんですよねえ。

 家父長制で言えば、こっちは正しく家父長制度の実施者でしょうね。

 県知事は兵庫出身者で、警察部長は栃木の人で二人とも沖縄には縁もゆかりもなかった。

 でも二人とも「自分は何の為に沖縄にいるのか?」という本質を忘れなかった。己の職責を全うした。

 法律を見れば明確なんですが、戦前の日本は家父長制度で構成されておりまして。家父長主義は家長が「自分に従う弱い立場のものは責任もって面倒みる」を徹底すれば、それなりに有効なんですよね。

 有効だから、世界中に広がっているし、今でもこの制度で運営されている国も多い。

問題は、家長に求められる能力や役割を満たしていないものに対しても権力が与えられることで、沖縄県民からすると県知事や警察部長は望ましい家長だけど、軍は望ましくない家長でしょうね。

「怖いけれど絶対に自分達を守ってくれる」家長と

「日頃威張っているくせに、自分達を守ってくれなかった。逆に危害を加えた」家長では住民の態度が違っても当たり前でしょう。

(県知事も警察部長も恐怖で人を支配する人ではなかったので、怖がられてはなかったし、むしろ「この人と一緒にいるなら大丈夫」と沖縄戦の間周囲の人達の重石になっていたようだけど)

沖縄の軍隊アレルギーとか、敗戦後の旧軍人に対する冷たい視線は「威張るだけ、従わせるだけで守ってくれなかった」という失望と怒りがあるからでしょうね。

 本質を忘れたものというのは、やっぱり弱いよなあ。オカルト話になってしまうから眉唾なのだけど、敵国退散を祈って神社に加持祈祷を命じたという話がありまして。

 随分前に読んだ話だから、うろ覚えだけど、この加持祈祷失敗するんですよね。確か消える筈の火が消えなくて、それで御祈祷をしていた神主さんが日本の敗北を確信した、という話じゃなかったかな?

 こういう本質から外れたことをしていれば、日本の神様も「こら、あかん。いったんリセットした方がこの子らの為や」という気分になりますよね。

 島田知事の最後は分かっていませんが、別れる時十代だった県庁の職員に残した言葉は「生きろ」

「国の為に死ね」と伝えるか、「国の為に無事生き残びろ」と伝えるか。どちらが本当に「国の為に」なるのか?

「国の為に死ぬのが当然」と教えられ、そう信じていた若者に知事はどうして「生きろ」という言葉を残したのか?

 本質をついた言葉は、その生き様とともに残りますね。

 

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