木曜日の本棚

本と本に関することの記録です。

山本文緒さん亡くなる

山本文緒さん、亡くなりましたね。ファンというほど読んでいないけれど、面白い小説を書く人だったのに。

「恋愛小説の名手」と評されるだけのことはあって、この方が書くとどんなアンモラルな設定でも、細やかな感情描写の上手さで、納得感のある品のいい話に仕上げるんですよね。

結婚6年目の専業主婦が13歳の少年と恋をして、さらにその少年の義父とも関係する。あらすじだけ聞いたらドロドロ不倫話になる筈だけど、そんなことをしてしまう登場人物の孤独の方に焦点が当たるから、時に人は自分でも愚かだと分かっている行為を止められない生き物だという事実を浮かび上がらせることになるんですよね。

 

あと山本さん、凡百な書き手なら「取柄のない平凡なつまらない人」と描写してしまう人の書き方が上手いのね。

少年は、自分と関係している一回り以上年上の女性が、自分の義父とも肉体関係があることを知っている状態で、自分の母親の再婚相手についてこう言うのね。

「お父さんて、すごい普通の人じゃん。俺、こんなだし、お母さん何も考えてないし、妹は末恐ろしいガキだし。でもお父さんだけは、すごく普通で、ああいう人がいると何か落ち着くというか」

「重石になる?」

「そう、それ」

 決してスーパーヒーローにはなれない平凡で善良な普通のおじさん。今の家庭に不満があるわけではないけど、何かしっくりこなくて、うっかり隣家の年若い主婦と関係して、真面目に恋して、今の家族と別れて好きな女と暮らすことを夢見てしまう普通のダメなおじさんの愚かしさと滑稽さと愛おしさ(そしていわゆる「どこにでもある普通」の家族の中にある隠れた歪みも)を上からじゃない視線で書くのが上手いんですよねえ。

まあ、恋をした人間は大抵愚かだよね、という視点からくる水平さかもしれませんが。

(脇で出てくるパチンコ屋のにいちゃんの書き方も上手かった。何も考えてない愚かな人という描写ではなく、ちょっとこっちの気分を良くしてあげようと考える気遣いのある人という書き方をするんですよね)

新海誠が訃報を受けて

「山本さんの小説に支えられていました。今もずっと大好きで、ずっと憧れています」

 と弔意を表していて、ああ分かるわ、と思いました。

 私は、新海誠は感性があわないので、つきあいでは見るけど自分から積極的に見ようとは思わないので見た範囲での印象だけど、この人山本文緒好きでしょうねえ。

 恋という感情が引き起こす美しいものと美しいとは言えないもの。人の愚かしさや愚かな行為を、そういうことをしてしまう感情を繊細に記すことで納得感のある物語を紡げる人は少ないですしねえ。

「人は何事かを成すために生きてるんじゃない。何も成さなくてもいいのだ。自分の一生なんて好きに使えばいいのだ。」

 何かを成さなければ、生きていることすら無意味だと捉えられるような風潮のある中で、こういう言葉を説得力をもって記せる人でしたねえ。

ご冥福をお祈りいたします。