木曜日の本棚

本と本に関することの記録です。

嘘さえも本当にするほどの寂しさ

 山本文緒さんの上手さといえば、「眠れるラプンツェル」の主人公が言われた言葉で、彼女が何故そんな行動を取ってしまったのか分かる辺り本当に小説が上手い人だったなあ。

確か、彼女が13歳の少年とも、その義父とも関係を持っていることを知っている相手から言われた言葉だったと思うけれど

「あなたは本当に旦那さんのことが好きなのね」

 この一言で視野が変わる。高い塔のような高層マンション。塔の中で自分の許を訪れる王子を待ち続けるラプンツェルのように、帰ってこない夫を待ち続ける子供のいない専業主婦。

 忙しい夫は待っている妻の孤独には気づかない。誰かに恋をしなければならなく程の寂しさ。

 そういえばTONOさんの「ダスクストーリイ」でも寂しさを抱えた人達の物語がありましたね。

以下ネタバレも含むので、ネタバレが嫌な方は読むのを避けてください。

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 霊能力がある少年を主人公にしたオムニバスストーリーなのだけど、その中の一つに父親の葬儀の後、亡父宛ての「あなたの子供が生まれました」という手紙を見つけて差出人の住所に訪ねていく話なのですが。

 宛先の住所近くの人達が「今住んでいる人は誰もいないよ」と教えてくれたけれど、それでも、と訪れた家には

「今は自分達が住んでいるけれど、その方は自分達のことを知らなかったのでしょう」

 という男性とその妻。妻によく似た金髪の女の子と

「僕もお姉さんと同じようにこの家を訪ねてきたんだよ」

 という少年がいて。手紙とは何の関係もなさそうな仲睦まじそうな親子の姿に、彼女がバカなことをしたな~と思っていると、家の主人に

「でも、どうしてここへ?」

 と尋ねられ、手紙のことを話し

「父が死んで、これで私は天涯孤独になってしまったんだと思ったら寂しくて。父への手紙を見つけた時、私にも姉がいるかもしれないと思って来てしまったんです」

 と、笑われるかなと思いつつ答えたら、家の主人は笑わずに頷いて

「分かりますよ。私もずっと孤独だった。だから娘が生まれたと知った時は嬉しくて、嬉しくて。娘の為には何でもしようと思った」

 そう答えた時に、この家の奥方が主人の側にいる娘を寝かしつける為にやって来るのですね。

「あなた、この子はそろそろ寝なきゃ」

「ああ、そうだね。この子ももう寝る時間だ」

 その時、主人が呼んだ妻と娘の名前が、手紙の差出人の名と手紙に書かれていた「あなたの子供」の名前であることに気づいた女性が

「その名前!」

 と驚いて声をあげた途端、部屋の様子が変わり主人一家の姿は消え、荒れ果てた部屋の中に残っていたのは女性と少年と古びた人形が一つ。

「いったい何があったの⁈」

 とパニックを起こす彼女に少年が

「落ち着いてお姉さん。これがこの家の本当の姿だよ。僕はこの家のことを頼まれてここにやって来たんだ」

 そう言って、彼は古びた人形を抱き上げるとさっきまで傍にいた女の子の名を呼んで

「やあ、ダティとマミイのところに行こうか」

 と告げるのですね。そして人形と家に残されていた大量の手紙を燃やしながら、姿を消した親子について話し始めるのです。

「この家に住んでいたのは娼婦だったんだよ」

 娼婦は、かつて自分と関係した住所の分かっている客に

「あなたの子供が生まれました」

 と手紙を書く。運が良ければ、その手紙を見た客が幾ばくかの金を送ってくれる。ある時、娼婦は繰り返し金を送ってきた男に殺される。

 男は自分の子供が生まれたという嘘を信じて金を送り続け、女は金が届く度に、成長していく娘の姿を手紙に綴り続け、そうしてやがて嘘は破綻する。

 娘に会う為に娼婦の許にやってきた男は手紙に記されていたことが全て嘘だと知った後、怒りのあまり娼婦を殺し、その後自分も自殺した。

 父宛ての手紙を見つけてやってきた女性が出会った仲睦まじそう幸せな親子は、殺した男と殺された女。女が男に我が子だと偽って書いた人形だった。

「そんなことがあったのに、どうしてあんなに仲がよさそうだったんだろう」

 女性は自分が出会った幽霊、幸せそうな家族の姿を想って呟く。頼まれて、この家の供養の為に訪れていた少年は応える。

「それはね、彼が知ったからだよ。彼女も自分と同じ寂しさを抱えていたことを」

 生まれてこなかった子供、偽りの子供であった人形は、両親に愛される本物の子供として幽霊たちと一緒に暮らしていた。

 殺した男も殺された女も望んでいた愛し愛される家族の姿。嘘さえも本当にするほどの寂しさ。

 寂しい人達の物語に私達が魅かれるのは、人は寂しさから逃れられない生きものだからかもしれませんね。